朝の風景 トゥイル編


 爽やかな朝の陽光が、今のトゥイルには恨めしかった。

(まあ、爽やかな朝であることには代わりがないんだが……)

 そうは思うが、目の前がチカチカする。圧倒的に、寝不足だった。

「あれっ、トゥイルさん、おはようございますっ!」

 騎士団への出勤途中、大音声で挨拶をしてきたのは、後輩の新人騎士だった。

「ああ、おはよう……相変わらず元気だな」

「おはようございます。自分、元気しか取り柄がないので!」

 後輩騎士のラゼルは、ニカッと笑う。訓練のために日焼けした浅黒い肌に、きらりと白い歯が光るのを見たトゥイルは、顔を引きつらせながら、「そうかい」とだけ答えて、騎士団の詰め所へと急いだ。

 終始無言を貫いていたトゥイルに対して、ラゼルは一人で話しかけている。

 その声が頭に響いて、トゥイルは思わずコメカミを押さえるが、ラゼルは気付かずに話し続ける。

「……それで、凄いんですよ、この間、『むすび処(ところ)』で暴動が起きたって要請が来たから行ってみたら、何だったと思いますっ?」

 ラゼルの質問に、当然、トゥイルは答えない。

「暴動って言ってもですね! 人間の暴動じゃなかったんですよ! なんだったと思います? 凄いんですよー、俵のねずみが暴動起こして、米食ってチュッってやってんですよ、井戸の周りでドッピンシャンですよ!!」

 ラゼルは思い出し笑いをして、一人で腹を抱えて、身をくの字に折り曲げている。ラゼルが楽しそうなのは誠に結構なことだったが、そろそろ、トゥイルは苛立ちの限界に達した。

「あのなあ、ラゼル、騎士なら騎士らしく……少しは、黙って……」

 コメカミに青筋を立てながら言うトゥイルの言葉を、「おーい、何してんだい、お二人さん」という声が遮った。

 トゥイルとラゼルが声の方を向くと、そこに居たのは、同僚の騎士、ルイだった。手には、布で包まれた大荷物を持っている。

「なんだ、ルイか」

「なんだとはなんだよ……しかし、相変わらず、凄い荷物だな」

 ルイが手にしている大きな包みを見て、トゥイルが溜息を吐く。ルイは、少し肩を竦めて言う。

「いや、お嬢さん達が持たせてくれるもんだから」

「えっ? それ、女性からのプレゼントなんですか?」

 ラゼルが羨望の眼差しでルイを見遣った。キラキラした眼差しをルイに向けるラゼルを見て、トゥイルは、訳もなく苛立った。

「プレゼントって言ったって、ただの『おにぎり』だろ」

「おっと、トゥイル。ただの『おにぎり』じゃないよ? 全部、お嬢さん方が心を込めて作ってくれた、大切なおにぎりだからね!」

「心を込めて『むすび処』で買ってきてくれたんだろ」

 吐き捨てるようにトゥイルが言うと、ルイは、ハハと笑った。

「そこは、いざと言う時の安全を担保してくれたんだよ。お腹を壊したりしたら大変だろ? ……なんてったって、今、『聖女』が現れて、君は『兎』に選ばれたんだから。今は、緊急事態だよ。お嬢さん方は、そこは解っていらっしゃる……というわけさ」

 トゥイルは、口をつぐんだ。

 たしかに―――聖なる印を持つ『聖女』は現れた。そして、聖女の従者である『兎』も同時に現れた。その一人が、他ならぬ、トゥイルであった。

 トゥイル自身にも『兎』である証である『印』が現れた。そして、城から召喚され、他の『兎』、そして『聖女』と引き合わされたのだった。

「トゥイルさん! 『聖女』さまって、どんな人なんですかっ? やっぱり、絶世の美女で、こう、守って上げたくなるような……か細くて、繊細な感じの、深窓のご令嬢なんですか?」

 ラゼルは、瞳をキラキラと輝かせながら聞いてくる。

「『聖女』ねぇ」

 トゥイルは、聖女の姿を思い浮かべた。

 豊かな金髪に、明るい表情。深窓の令嬢という形容詞は当てはまらない、庶民的な雰囲気の少女だった。




(というか……俺、あの子とは知り合いなんだよな……)

 城で会ったとき、『聖女』としてエクレアを紹介されたとき、トゥイルは思わず、目を疑った。傍らにいた他の『兎』たちもみんな驚いていたので、多分、他の『兎』たちも、同じ穴の狢(むじな)だったということだろう。

「……まあ、深窓のご令嬢と言うより、もっと、逞しい感じだよ。あちこちの礼拝所で祈りを捧げなきゃならないんだから、体力がないと、こっちが苦労するだろう。そういう意味では、生命力に溢れていて、『聖女』には適任だと思うよ」

「なんだぁ……絶世の美女だとおもったのに」

 ラゼルはチッと舌打ちをした。

「物語の読み過ぎだよ」

「まあ、そうかも知れないですけど〜、ほら、花街の名花と謳われる、レティルヴァ様みたいな美女かなーって思ってたんですよ。俺、レティルヴァ様の肖像画、持ってますよ!」

 レティルヴァは、アルティリス王国の首都、ブランが誇る高級娼婦であった。

 娼婦たちの肖像画は、精緻な線で描かれて、鮮やかな彩色が施されているもので、割合安価で購入出来る。主な購入者は、娘達であった。娼婦達の華やかなドレスや髪型などを参考にするのに購入するものであったが、人気の高い娼婦は、男性も、高嶺の花に思いを馳せる対象として求めるようだった。

 レティルヴァは、透き通るような、緩く流れるプラチナブロンドに白い肌、マスカット色の瞳を持つ美女であった。華奢な姿をしていた。確かに、見てくれならば、『聖女』に相応しいだろう。

「……ラゼル、失礼ですよ。神聖な『聖女』さまを、娼婦と同列に扱うなんて」

 顔を顰めたのはルイだった。

「あ、そりゃそうですよね! ……それにしても、トゥイルさんって、いつも朝、弱いですよね」

 唐突に話題を変えたラゼルに、トゥイルの肩がびくっと跳ねた。

「いや、その……」

「ラゼル。トゥイルは、朝が弱いわけじゃないんですよ。毎晩のように、鍛錬に出ているんです。今日も、朝方まで、鍛錬を積んでいたんですよね? トゥイル」

 首都・ブラン中のお嬢さんたちが、毎朝おにぎりを届けると噂される程の、整った容姿を持つルイが、にっこりと微笑んだ。

(こいつ、解ってやがるからな……)

 親しい人ならば、トゥイルの『性癖』は知っている。

 件の、レティルヴァとも、トゥイルは既知だった。

 つまり……トゥイルの出ている『夜の鍛錬』というのは、花街通いのことであり……。トゥイルが知り合う女性など、そこで出会う女性しか居なかった。

「えーっ、トゥイルさん、すごいんですね!! 尊敬します!! 『聖女』さまの従者にも選ばれたし、毎晩鍛錬もしてるし、『ぬっこ』にもモテモテだし、凄すぎますっ!!」

 拳を作って力説するラゼルの、キラキラした眼差しを眺めつつ、なに一つ弁明できないトゥイルは「う、うん……」と小さな声で、同意することしかできなかったのだった。


朝の風景・トゥイル篇・end