桜町商店街青年部 9月の風景
『いつも通り』 吉田一真&梶浦蓮
週に何度か。気が向いたときに、吉田一真は桜町のラーメン屋の開店待ちをする。
普段は、行列が出来ているこの店だったが、今日は、朝から三十度を超える気温だった。開店してからぼちぼち来店するつもりなのかも知れない。
一真がラーメン屋に来るとき、大抵、徹夜明けだ。
実家住みで、実家は惣菜屋。
惣菜屋は『町の台所』を自称しているが、昔ほどの活気はない。
一真は、在宅、オンラインで細々と仕事をしている。
仕事柄、作業が不定期で、どうしても深夜作業になることが多い。クライアントの主な活動時間が深夜時間帯だからだ。
(あー……、眠い……)
眠いとは思いつつ、徹夜をやりきって、無事に納品出来た朝は、銭湯で朝風呂に入ったり、ラーメン屋でラーメンを食べたくなる。
最近覚えた『自分へのご褒美』だった。
このラーメン屋・『麺 five senses』は、『桜町再生プロジェクト』で出店してきた店舗だ。
元々は寿司屋だったが、客足が減って廃業した。そこへ居抜きで入った形になる。
桜町は、小さな町だが、地元の大企業、村木精密機械と共に栄えてきた。
村木精密機械の接待や、内輪の飲み会などで使われてきたのだが、会食は、殆どなくなったということだった。
(そういえば……)
一真は、小さい頃、ここの寿司を食べたことがあることを思い出した。
祖父母の金婚式だったか。
親戚が集まって、家に集まった。
惣菜屋の定番メニューがテーブルにずらり並んだが、ごちそうの要として並んだのが、ここの寿司だった。
『回っていないお寿司』は、回転寿司とは居住まいも違ったのを思いだした。
銀座の有名店で修行してきたという店主の作る寿司は、寿司桶の中で凛と美しかったのを思い出す。
「おはようございます、ただいま、開店です」
ラーメン屋の店主、梶浦蓮が出てきて、暖簾を掛ける。
製麺所から贈られたらしい暖簾は、隅に製麺所の名前が入っていた。
「梶浦さん、おはようございます」
「あ、吉田さん、今日もありがとう。いつものです?」
梶浦が柔らかく微笑む。女性的な印象のある梶浦が、優雅に微笑むのは美しくて、いつも、ドキリと胸が跳ねる。心臓に悪い。
店は、貸し切りのように二人きりだった。
「はい、いつもので」
「じゃあ、すこし待っててくださいね」
梶浦は、髪もすこし長い。メイクもしているようだった。
どういう性嗜好なのか、聞いたことはないが、なんとなく、気になる。
元起業コンサルタントだった梶浦の力を借りて、最近、ちいさなデザイン会社を興した一真だったので、美しいものには目がない。
かつて見た、あの寿司の完璧なたたずまい。
その面影を残す、このラーメン屋の店内。
梶浦の姿形。居住まい。全部、気になっている。目を惹かれる。
「吉田さん、また、徹夜?」
「クライアントが夜型なんですよ」
「深夜料金設定しないとダメだったかしらね?」
梶浦が、小首をかしげる。
「深夜料金か……そのうち考えてみます」
「そうそう。やるなら、早めにしたほうが良いわね。今は、『お試し価格』と皆、考えていると思うから」
「そうですね」
梶浦が、ラーメンを差し出す。
いつものラーメン。
けれど、梶浦の美意識通りで、麺も、スープも、具材も、美しい。最適なバランスで乗せられている。
「うん、いつも通り、美味しそう。綺麗。いただきます」
美しい食べ物に端を入れる時、破壊者としての自分を感じることがある。
かつての寿司もそうだし、桜町の和菓子屋『弥櫻』の上生菓子もそうだし、パティスリー『ロワゾ』の洋菓子もそうだ。
スープを一口含む。
いつも通り、とても美味しい。
こんな田舎でなくても、勝負できるのではないか、とはいつも思うが、梶浦は『ここだからこの価格、この品質で勝負できる』という。
「いつも通り、美味しいですね」
いつも通り、を保つのがどれほど大変なことか、一真は理解して居る。
いつも変わらないクオリティ。
いつも変わらない、梶浦。
それを、すこし、変えてみたい、となんとなく一真は思った。
了