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桜町商店街青年部 10月の風景

『幸福な朝食』   二階堂和樹&汐見颯



 

 和樹が家に来るのは初めてだった。
 一年とすこしの間、颯は和樹と同棲していたが、現在、別に部屋を借りて生活している。
 何もかも和樹に依存する生活だったのが良くないと思ったのが最大の原因だ。
 今は、独立して自活していくために、活動中だ。
 正直な話、和樹の所は居心地が良かったので、今は、大変だが、それでも、なにもかも和樹に依存しなくて良かったとは思っている。恋人としてやっていくならば、立場は対等であるべきだと考えて居るからだ。
 和樹は、颯が落ち着くのを見計らって、泊まりに来てくれた。
 狭い部屋だったが、どうせ二人で居るときはくっついているので、気にならない。
「颯が居なくなると、正直、部屋が広く感じて仕方がない」
 とは和樹の言葉だが、和樹の部屋が、広すぎるのがいけないのだ。
 このあたり―――つまり、都心から離れた田舎である桜町に、あるのが不自然なくらいの、高級マンションだった。高層階のマンションではなく、低層で各戸が別建てになっている。そういうマンションだった。広々として、オシャレな空間だった。マンションの敷地内にはコンビニもあったし、コンシェルジュに頼めば、クリーニングや買い物はやって貰えるような環境だ。
 そちらにいた方が、快適だし、ラクなのは理解して居る。
 けれど、『飼われている』訳ではないし、『恋人』ならば、ずっとそこに甘んじてはならない。それは、颯なりの線引きだ。そして、和樹も了承した。
 颯は、和樹を起こさないようにそっとベッドから抜け出した。
 今、颯は、小さなパン屋を営んでいるが、和樹は、本業が米屋なのに、大のパン党だった。特に、朝食は絶対にパンが良いという。
 せっかく和樹が来たくれたことだし、焼きたてのパンを作ろうと思っている。
 記事を捏ねるところからはじめると、途方もなく時間が掛かるので、種の状態にして、冷蔵庫で低温熟成させている。
 颯はそれを取りだして、綺麗に丸めて焼成していく。
 スリムな外見に似合わず、和樹は健啖家なので、沢山のパンを作る。とはいえ、一度に焼くことが出来るのは、家庭のオーブンでは限られているので、いくつかのパンは、昨日作って置いたものだ。
 沢山のパンとコーヒー。それに、パンのお供に、ジャムやバターやスプレッド。それにオレンジのジュース。
 オムレツもつけて、パリのビストロ風朝ごはんにしてみた。
 フランス全土でそうなのか解らないが、少なくとも、颯が知っているカフェは、だいたい、こういうセットを注文できる。これに濃厚で甘さが強いホットチョコレートが追加されることもあるが、沢山のパンを食べたい和樹には、ぴったりだろう。そして、さすがにホットチョコレートは胸焼けしそうなのでやめておいた。
 パンが焼き上がり、網の上で冷ましているときに、
「美味しそうだな」
 と後ろから、和樹に抱きつかれた。
「ちょっ、和樹……!」
 びっくりして、振り返ると和樹が、嬉しそうに笑っている。思わず見蕩れていると、「おはよう」と言いながら、キスをされた。
 啄むような軽いキスだ。
「……もー」
「パンが沢山だ。嬉しいな」
「ちょっと頑張って焼きたてパンを作ったよ」
「嬉しい。いつも店のパンを買って食べてるけど、焼きたては格別だし、俺のためだけに作ってくれたものだから、より一層、嬉しい」
 和樹が目を細めて笑う。その笑顔のまぶしさに、くらくらしながら、颯は「まあ、もうちょっとでご飯できるよ」と座って待っているように促したが、和樹は「いや、オムレツとコーヒーは俺がやる」と言って聞かないので、お願いして颯は、セッティングに注力することにした。
 せっかく、カフェ風につくったのだから、セッティングもカフェ風が良いだろう。
 パンの焼ける香ばしい薫りに、オムレツの薫りが混じる。
 幸せな朝食の予感に、颯も、おもわず鼻歌まじりになった。



幸福な朝食・了