桜町商店街青年部 12月の風景
『クリスマスの夜』 五十嵐慧&鷹野未来

『恋人』になってから、クリスマスは一緒に過ごしている。
仕事もあるので、夜遅くなってから始めるのだが、それにしては、張り切って用意しすぎたと、鷹野未来と五十嵐慧は、ずらりと食事の並んだ食卓をみて笑った。
ローストチキンは、丸鶏を用意したし、ケーキもワンホール頼んでしまった。サイズ感がよく解らなかったので、注文したあとに、それが7~8人用だった事をしった。
それに生ハムにチーズ、ワインも用意した。
「深夜二時の食事じゃないな」
思わず笑う。
慧は、『小狸の湯』の主人というだけでなく、『クラブ・ラクーン』という、ローカル色溢れるクラブのオーナーDJをしている。
クリスマスのようなイベントのタイミングは、遅くまで音楽を楽しむ曲が多いので、必然的に、遅くまで営業することになってしまう。
そのあとに、恋人同士でクリスマスを過ごすので、当然、遅いスタートになるのだった。
「有給つかっちゃった」
未来は笑う。未来は、会社員だ。明日も、仕事があるが、有給休暇を取っておいた。
どうせ、今日は、朝方まで、二人で過ごすことになるのだ。
「わー、マジか。え、こういうタイミングで、有給休暇とか使って、大丈夫なの?」
「まあ、緊急の用事が入って来たら、最悪、在宅で仕事に戻れるし……それより、ケーキ食べようよ」
「そうだな。っと、その前に、プレゼント……渡しちゃって良い? ワイン飲んだら、渡し忘れそうだし」
なんとも、ムードはないが、二人で過ごす初めてのクリスマスというわけでもないので、こういう感じになるのは仕方がないだろう。
「うん、じゃあ、これ、俺からね」
慧が、プレゼントを未来に差し出す。
「……家に帰ったら開けてね」
「えっ、なんで?」
「……気に入ってくれるとは思うんだけど……、ちょっと驚いて欲しいというか」
「凄い気になるんだけど」
「使って貰えるものが良いなとおもって、いろいろ考えたんだよ」
恋人が、自分の為に、何かを考えてくれたというのは、単純に嬉しい。
未来は「うん、ありがと」と言いながら、プレゼントを受け取った。
「俺からも、これ」
未来も小さな箱を渡す。中には、シルバーのピアスが入っている。ピアスなら、慧はいつも、沢山身につけているし、使って貰えると思ったからだ。
「……今日も、DJ、かっこよかったよ」
「なんだよ、急に」
「……うん。慧と付き合い始めてから、初めて、EDMとか聞き始めたし、ラクーン以外のクラブも行ったことがないけど、俺は、一番ラクーンが好きだなと思ったよ」
「なんか……ありがとう。未来に言って貰えるのが一番嬉しい……」
「ああいう、人が集まる所って良いね。皆と一緒に、クリスマスとか祝えるの、結構良い感じ」
「だからこそ、今は、未来と二人きりになりたくなるんだけどね」
慧が、ちいさく笑って、身を乗り出した。未来の唇に、そっとキスをする。
「……ケーキ」
「うん、まずは、ケーキ食べよ」
未来がケーキを取り分けて、慧が、チキンを取り分ける。
ワインをグラスに注いで、軽く、グラスを重ねた。
高く澄んだ、金属音のような音が、部屋を静かに広がっていく。
クラブ・ラクーンの、騒がしさとは対照的だった。
「……慧と、恋人になれて良かった」
未来が小さく呟く。慧も「俺も」と応じる。「俺も、未来と恋人になれて良かった」
もう一度、慧がキスをしてくる。そのまま、角度を変えながら、何度かキスが繰り返された。
ケーキは、しばらく、そのまま放置された。
クリスマスの夜・了