桜町商店街青年部 1月の風景
『特別席』 早乙女拓海&佐神諒

「寒っ……っ」
外に出るなり、猛烈な寒気が肌を叩いた。
「はー、さすがに、大晦日って寒いな」
神櫻寺では除夜の鐘をつき始めたらしい。鐘の音が、あたりに響いている。
いつもならば寝静まっていて静かな、桜町だが、今日は、いつもと同じで人の姿は見えないが、どこか、空気が浮き足立っているような雰囲気だった。
浮き足立っているのは、諒の気分のせいかもしれない。
「……やっぱ、手袋付けてくれば良かったんじゃないか」
そう言いつつ、拓海は諒の手を取って、自分のポケットの中に入れてしまった。
「拓海」
「まー、誰も居ないしいいだろ、別に」
拓海は、こうして諒とくっついて居ることに対して、あまり、周りの目が気にしないらしい。
「まあ、そう……だけど」
「ほら、早く行かないと、年が開けちゃうから」
拓海に引っ張られるような感じで、諒は、一緒に歩いて行く。
年末最後のブックカフェの営業をして居る間、なんと、拓海が、諒の部屋の大掃除をしてくれていた。拓海は、良く、ここで過ごすことがあるし、居酒屋の営業は終えているから、良いのだという。
前は、年末年始も居酒屋を開けていたらしいが、ちょっとした苦情が来たらしい。
なんと、『居酒屋が開いてると、うちのお父さんが居酒屋に行っちゃって、おせちを食べてくれなくなっちゃうのよ』という、常連の奥さんからの苦情だ。一応、おせちは店から購入してくるらしいが、若い人たちは食べないらしい。それで、唯一食べてくれる人が居酒屋に行くと、迷惑するらしかった。
なので、今日、拓海はヒマだった。それで諒の部屋の片付けをして居たらしい。全部、任せてしまうことに、諒も、特に抵抗感はなかった。
(今までの彼氏だったら――絶対に片付けなんかさせなかったよなあ)
片付けは、彼氏が来る前に完璧に終わらせておいて、さらに、もてなすための料理も作って待っていただろう。
ところが、拓海は片付けを終えたあげく、様々な料理まで作っていた。
拓海曰く『店では作れない、ちょっとオシャレ系な料理にチャレンジしてみたんだよ』ということだったが、見た目にも美しく、食べるのが楽しみだった。初詣を終えたら食べようということになっているが、多分、明日の朝以降になると思う。
拓海は、今まで付き合った誰とも、タイプが違っていた。お互いが一方的に尽くすと言うような事もないし、今まで、やったことがなかったイベント事も、当たり前のようにする。
拓海の中の『特別席』が用意されていて、そこに、当たり前のように、諒が座ることが出来るという感じだった。その座り心地が存外良くて、気が付いたら、拓海と一緒にいることが当たり前になってきた。
クリスマスを過ごして、慌しく商店街のイベントをこなしつつ、今日は大晦日だ。
もうすぐ年が明ける。
そのタイミングを目指して、初詣に行く。
こういうことを、今までの恋人としたことはなかった。一緒に手を繋いで、神社に向かう。社務所などもない、無人の神社だが、一応、桜町の守りだということで、昨日の昼間、皆で掃き掃除をした。桜町に来て、なんとなく、所在がないような諒にも、なんとなく、根っこが出来たような気がする。
その、根っこというのは、こうして、町の為に働いたり、行事を過ごすことで、より、強く根付いていくような気がした。
「……どうした、諒。なんか、静かだけど」
心配した拓海が、顔を覗き込んでくる。
「ん、寒くてびっくりしてるだけ」
「そっか。ならいいんだけど」
「あ、拓海。今日は、大掃除とか、ありがとね。……ピカピカになっててびっくりした」
「まあなー。衛生は、飲食店の基本だからなあ」
そういえば、居酒屋の厨房も、古びているモノの、掃除は徹底されている。
「たしかに」
「まあ、あと、普段作らない料理作れて、おもしろかったな。ああいう、もてなし料理って、殆ど作らないからな」
「……前の彼女とかには作らなかったの?」
「だいたい、彼女は、自分で作りたがるよ。だから作ったことないし……多分、作らなかったんじゃないかなあ。お前だから作るようなもんだとおもう」
「そっか」
言外に、今までの中でも『特別』と言われて、諒は、かなり機嫌が良くなる。
過去に嫉妬はしないけど、過去において―――未来において、特別な存在でいたい。
「はー、やっと付いた」
神社までは、長い石段を上らなければならない。
長い石段の先、ちょっとした境内と、社殿がある。
初詣に来る人は誰も居なかった。
「……よし、お参りしちゃおうぜ」
「うん」
拓海と諒は、神社の社殿の前に並んで、手を合わせる。
(願わくば……)
諒は、真摯な気持ちで祈りを捧げる。そういえば、こうして、祈りを捧げるのも、今までの人生の中で、殆どしてこなかったことだ。
(……拓海とずっと、一緒に居られますように……)
敬虔な祈りは、きっと、届けられる。
了