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桜町商店街青年部 2月の風景

『バレンタインデート』  猫島虎太郎&平沼優輝


 

「たまには、勉強もかねて、都心のレストランとか行かない? 丁度、俺、出版社に行く用事があってさ」
 猫島虎太郎に誘われたので、平沼優輝は、二つ返事で「行く」と同意していた。
 そんなやりとりがあったのが、一月ほど前のことだった。
 ディナーをして桜町まで帰ることは、出来なくはないが、せっかくなので宿泊ということで、店は二日間休むことにした。
 優輝は、桜町で、ビストロのオーナーシェフをしている。
 元々、フランスで修行して、都心で働いていた。シェフにとって、一つの夢は【自分の店を持つこと】だ。本当ならば、しっかり準備をして店を持つのだろうが、桜町には、新しい店の出店を手助けするようなプランが沢山あって、借り入れもかなり優遇された。そして、縁もゆかりもない、桜町に店を持つことになったのだった。
 都心から遠く離れた町の、小さなビストロ。
 都心のレストランの華やかさはないが、お客さんと近い距離で、料理を提供出来ることに満足している。
 けれど、たまには、他のレストランに行ってみたいし、大好きなフランス料理を食べに行きたくもなる。虎太郎は、その辺を汲んでくれたような気がする。
(なんだかんだ、あの人、人のことを良く見てるんだよな)
 虎太郎の職業は、小説家だ。しかし、目下の所、スランプなのか、一向に小説の原稿を書く気配はない。エッセイや、その他のライター的な仕事はいくらかしているということなので、全く書いていない訳ではないのだろうが、優輝としては、少々心配にもなる。
 都心のレストランに行くということで、優輝も、虎太郎もスーツで来た。
 虎太郎が出版社に行く間、優輝の方は、渡橋の宿泊先にチェックインをしておく。虎太郎が手配してくれた部屋は、かなり高価そうな場所だった。丸の内から皇居が一望できる『パレス・ビュー』。
 一面ガラス張りの広々とした部屋。リビングとベッドルームが別になっている、ジュニアスイートだった。バスルームとシャワーブースがあるが、シャワーブースがガラス張りで、広々としているのは良いが、開放的過ぎる。
 ウェルカムシャンパンを用意していると言われたが、今は、優輝一人なので持て余す。外出してレストランへ行くので、、その時、虎太郎一緒に帰ってくるまで待って貰った。
(素敵な部屋だな……)
 優輝一人であれば、こういう豪華な部屋を取ることはないだろう。
 すこし、部屋で寛いでから、優輝は待ち合わせ場所へ向かう。
 都心は、昔働いていたことがあるので、存外、覚えていた。その頃より、大分、外国人旅行者が多くて、桜町ではまず聞くことがない、英語やフランス語の響きが、妙に懐かしい。それに中国語や、他のアジア圏らしい言葉も聞こえてくる。
 待ち合わせは、日本橋だった。
 予定しているレストランとは、全く別な場所だというのに、何故だろうと思いつつ、最寄りの地下鉄から百貨店の前まで歩いて行くと、虎太郎の姿があった。スーツに、キャメル色のコート、それにマフラーまでしている。色の取り合わせが、虎太郎らしいし、よく似合っているなと思いつつ、「虎太郎さん」と声を掛ける。
「優輝。……早いね。待ち合わせまで結構、時間あるのに」
 虎太郎は、相好を崩した。いつも通りの、柔和な笑顔だが、違う場所で見ると、少し雰囲気が変わったように思えて、少し、落ち着かない。
「……そうですか? それほどじゃないと思うんですけど。それより、お仕事の方は大丈夫だったんですか?」
「うん。予想してたよりもスムーズに進んだんだ。……写真も撮られたから、この格好で良かったよ。デートですかって、編集者から突かれたけど」
「それで、虎太郎さんは、なんて言ったんです?」
「勿論、可愛い恋人とデートだって言ったよ~。俺は、嘘は吐けない性格だし~」
 にやっと笑ってみせた虎太郎の顔を見て、優輝は、顔が熱くなるのを感じた。恋人、は間違いなく、優輝のことだからだ。
「……恋人と、今から、少しショッピングして、お茶でもして。レストランへ行って、ホテルのジュニアスイートに宿泊……って、デートプランだけど?」
「……すごい、ベタというか、バブリーな、デートですね?」
 思わず、優輝は笑ってしまう。ショッピング、が入るとは思わなかった。だから、百貨店の前だというのは、納得したが……。
「あと、はいこれ」
 虎太郎が、巨大な薔薇の花束を差し出してくる。
「えっ?」
 当然、優輝は面食らった。今から、ショッピングや、その他の用事があるというのに……なぜ、今、花束……?
 優輝の疑問は、当然顔に出ていたらしい。
「編集者さんが、この間、韓国に行ったんだって。そうしたら、花束を持ってデートしてるカップルがいるらしくて、結構、デートに花束を渡すのは、メジャーらしいよ?」
「はあ……それは、良いんですけど……花束……。素敵なんですけど……」
 このまま持ち歩くのも大変だし、恥ずかしいし、一晩経ったら萎れそうだし、どうしたものか……と思案していると、虎太郎が、悪戯っぽく笑う。
「……花束持ってる利点っていうのは、俺もすぐに解ったよ」
「なんですか?」
「花束持って、デートしてたら、他の男が、ちょっかい出してこないでしょ? だから、牽制で、これを渡すんだよ」
 例えば、その辺で、別な人から声を掛けられないために。失礼なナンパならば、連れがいても平気で声を掛けてくるものだ。
「あ、りがとう……ございます……?」
「うん。ちゃんと持っててね。バレンタイン当日は、お店があるから無理でしょ? だから、今日、バレンタイン代わり、ね?」
 虎太郎は、笑ってから、素早い動きで、優輝の頬に、そっとキスをした。
「っ~っ!!」
 顔も、耳も熱い。
 優輝は、薔薇の花束に顔を埋めながら、「もう……」と小さくなじった。

 存外、こういう扱いは―――嫌いではないと思いながら。


 了