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桜町商店街青年部 8月の風景

『アイスキャンディーの想い出』   時任学・山本裕太


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  「アイスキャンディー、食べたいなあ」
 思わず呟いたのを、裕太が聞きつけて、
「アイスキャンディー?」
 と聞く。初めて耳にする言葉のようだった。
「あれ? 裕太は知らない? いまの家の裏の方に、細い路地があったんだけど、その奥に、アイスキャンディーしか売らない駄菓子屋があったんだよ」
「初めて聞きました」
「そうなの?」
 確かに、裕太と学は少し年の差がある。だが、学が物心ついた頃はまだあったはずなので、不思議な気がした。
「アイスキャンディーの定義がわからないんだけどさ、なんか、硬めのアイスが棒に刺さってるんだよね」
「棒付きのアイスって事? ガリガリ君みたいに?」
「あっ、ガリガリ君の周りの部分だけって感じ。解るかなあ……」
「ちょっと想像が付かないです」
 裕太が、微苦笑したのを見て、学は「そっか」と小さく呟いた。

 学校へ続く路地から、猫しか通らないような細い脇道に入っていった所に、小さな駄菓子屋があった。あったはずだった。
 夏になると、暑くてみんな窓を開けたままにしている。二十年くらい前。クーラーをつけなくてもなんとかしのげた頃だった。
 今よりも、もっと蚊が飛んでいて、夕立のあと、土の匂いが立ち上ってくる。湿気が強い暑さに、子どもながら体力が奪われて、身体は汗でベタベタだった。
 そんな夕方だけ、空いていた駄菓子屋は、商品は一つだけ。昔の家屋らしく、店先は土間で、昼間でも薄暗い。
 商店街の明るさに比べて、暗くて、静かだった。
 店員はいつもはいなくて、「すみませーん!」と呼びかけないと出てこない。出てきても、性別の良く分からない老人が、よろよろ出てきて個数を聞く。
 五十円玉と引き換えに渡されるのはアイスキャンディーだった。
 棒に刺さった、微妙な薄水色のアイスキャンディー。

「駄菓子屋さんって、今の小鳥さんの所のパティスリーの所にあったのしか無いと思ってました」
「昔は、子供も沢山居たんだろうね」
 なんとなく、しみじみとした気分になってしまう。
 学と裕太は五歳差だが、子供の頃の『五歳年上』というのは、とても怖くて近寄りがたい雰囲気だったはずだ。上の学年に、同性の兄弟でも居れば、上級生ともすこしくらいは交流があるのだろうが、裕太は、兄弟が居ない。周りは仲の良い幼なじみばかりでその狭いコミュニティの中でだけ、生きていたようなものだった。
「なんか、アイスキャンディーの話してたら、アイス食べたくなりました」
「たしかに。ちょっとコンビニでも行ってくるか?」
「そうですね。……アイスキャンディーはないかも知れませんけど」
「それは大丈夫だよ。結構アイスは好きだしね」
 学がわらってみせると、裕太が「そうなんだ」と吊られて笑う。

 駅前には、謎のコンビニがある。フランチャイズオーナー募集中の貼り紙がしてあるものの、他の土地で、このコンビニチェーンを見かけた事が、なかったからだ。
「アイス、コンビニで売ってるかな」
「さすがに売ってるよ。意外に、いろんなもの売ってるよ。肉まんもあるし、チキンもあるし、なんか解らないけど野菜とか売ってたりするし」
「そうなんだ」
 そういえば、学は、あまり町の中を歩き回らない。
 だいたい自炊だったし、買い物は、昔から知っている肉屋に行っていた。野菜が欲しいときだけ桜町は不便だったが、それでも、他の日用品の買い出しついでに隣町までいくので、あまり気にならない。
 不便と言われるかも知れないが、海外生活よりは不便ではない。
 日本に帰国して一番助かったのが、シャワーを思う存分浴びることが出来るということなのは、多くの日本人海外居住者が体感することだろうと、学は思う。
「じゃ、コンビニでも行くか」
「コンビニデートって、中学生みたいだね」
 そういう恥ずかしい言葉を使われるとは思わずに、学は恥ずかしくなった。たしかに、やっていることは、中学生カップルみたいだ。
「たしかに恥ずかしいな」
 けれど、まあ、悪くない気分ではある。


 駅前のコンビニは、確かに微妙な感じだった。電子タバコの取り扱いが皆無で、ずらりと並んだタバコの銘柄が凄い。コピー機のサービスはあるモノの、モノクロA3一枚60円という驚異的な価格だった。大手コンビニなら、カラーで印字出来る。
 アイスも、割と異常な量が陳列されていた。
 三十円くらいの訳の分からない棒付きのアイスとか、やたら大きなカップ入れアイスがあったが、製造メーカーが謎だった。そんな中、『あいすきゃんでー』というまた、謎の商品があり、学は手に取る。裕太は、チョコレート掛けのアイスだった。
 それだけを買って家で食べようとしたら、存外、外の気温が高い。
「これ、持ち帰る前に溶けそうだね」
 裕太が呟く。学は「たしかに、ヤバいな」と空を仰いだ。真夏の太陽が、ギラギラ輝いている。雲一つ無い青空だった。
「溶けるから……神社で食べようか」
「そうだね」
 自宅へ戻っても、神社に行っても、そんなに変わらないかも知れないとは、内心思ったが、足早に家に帰るより、外で食べた方が気分が良いだろう。
「なんか、本格的に、中学生デートコースだね」
 裕太が笑う。
「大人だって、こういう、地味なデートくらいするだろ」
「あ、嫌って言う意味じゃなくて……。二人でどこかに出掛けられるなら、それで十分、楽しいんだよ。学くんとは、あんまり外に出歩かないから」
 裕太の言葉を聞いた学は少々、反省した。
 確かに、裕太とはどこかに出かけることは少ない。
「じゃあ。……今度は、どこかに行こうか」
「嬉しいけど、学くん、無理してない?」
「無理はしてないよ。……ただ、ちょっと、テーマパークとかは、さすがに苦手だけど」
 笑うと、吊られて裕太も笑う。
「じゃあ、出掛ける場所を、二人で決めましょうよ」
 たしかに、それが一番だった。