桜町商店街青年部 11月の風景
『スイートハロウィン』 青柳陸斗&小鳥翼
▲クリックでboothにジャンプ! 壁紙無料ダウンロード中!
ハロウィンの頃になると、なんとなく、胸がざわざわするのは、ハロウィンの頃に付き合い始めだったからだろう。
まさか、男と付き合うことになるとは思っていなかったが、今では、家族ぐるみで付き合って居るというのだから、人生、何が起こるか解らない。
ハロウィン用の仕込みをしながら、小鳥翼は出会った当初の青柳陸斗の事を思い出していた。
母親が、甘いものを絶対に食べさせないという方針で、けれど、陸斗はスイーツが食べたくて、ここへ通っていたのだった。
今では、母親も甘いものはちゃんと食べる。
「……カボチャのタルト好きかな」
今回のカボチャのタルトは、軽めのパンプキンシードを混ぜ込んだタルト生地に、クレーム・ダマンド。その上に、キャラメルのムースを敷いてカボチャのペースと、甘さを抑えた代わりにほんのりとラムの風味を利かせたたっぷりの生クリームという構成だ。翼の自信作である。
陸斗の母は、チョコレート系のお菓子が好きだったので、今回ハロウィン用に作った、ムース・ショコラでも良いかもしれない。
「俺は、カボチャのタルト好きですよ?」
隣で聞いていた陸斗が、翼の独り言に反応する。陸斗は、パティスリーをハロウィン用に飾り付けるのに、小物の準備をしている所だった。
「あ、陸斗のお母さんが好きかなって。お母さん用には別に作ろうと思うから」
その言葉を聞いた陸斗が、頬を膨らませる。
「もー! いつも、スイーツは、母さん優先じゃない? 俺、彼氏なのに!?」
陸斗の文句も、なんとなく、耳に甘い。
「まあ、ご家族には嫌われたくないし」
「うちの母さん、翼さんのこと好きすぎるんだもん……」
ちょっと焼きもちのような事を言う陸斗が可愛くて、思わず、口許が緩む。
「……っていうか、翼さん、あちこちの女の人からモテモテだよね」
「えー?」
「うちの母さんもそうだし、後ろの梅ばーちゃんもそうだし、保育園の園長先生も、老人ホームの院長先生も」
「全部、高齢女性だね……」
たしかに、高齢女性からのウケは良い。
この桜町に来るまではそんなことはなかったので、少し不思議だ。
「高齢でも女性だし! 翼さん、俺、絶対に浮気は許さないからね!」
「なんでそうなるの……」
「……翼さんがモテるから心配なの」
「陸斗だって」
「俺は、モテないよ」
「たとえば、本当にモテたとしても」と翼は、ため息を吐く。「……陸斗にだけモテたい」
陸斗が、にんまりと笑っている。
どうやら、これが言わせたかったらしい。
「もう……」
仕方のない恋人だなとは思ったが、一年経っても、毎日新鮮な気持ちで好きで居られるのは、良い事だと思う。
「陸斗」
「んー」
「……飾り付け、一緒にやろう」
「えっ?」
「この時間なら、そんなにお客さん来ないし。……今日は、営業終わったら、すぐに帰りたい」
えっ、と陸斗が、嬉しそうな顔をする。
現金なことだ。
今日は、一緒に居たい。そう言外に言っているのは伝わっているのだろう。
「じゃ、俺、これ、パンプキンのガーランド作ってきたんですよ! あと、店から、巨大ジャック・オー・ランタン持ってきます!」
陸斗が小走りに店から出て行く。
その後ろ姿を見送ってから、翼は、カボチャのタルトを1ホール、避けておいた。
あとで、『巨大ジャック・オー・ランタン』のお礼に、とカボチャのタルトを、陸斗の実家である花屋に置いてこようと思っている。
今年のハロウィンは、去年よりももっと甘いだろう。
了